あんこ と おはぎ

雑学的なことや日常の悲喜こもごもなど

だめんず例

【愛と束縛と洗脳】

以前、だめんずばかり好きになってしまう話を書きましたが、それに関連する話を今日は書こうと思います。


私は30歳から、35歳まで付き合った人がいました。


その頃はすでに過食症の症状が出ていて、元の体重から20キロくらいは平気で増えていた頃で、とてつもなく自分に自信がなくなっていた頃でした。


そんな折に出会った彼はとてつもなくべったりさんで、私に似ていて理屈っぽく、色んな事を話す人でした。


彼はだいぶ年下だったので、若さ故に理論武装していた部分や、女性ときちんと付き合った事がなかったようで、ほぼ初めて付き合ったのが私だったこともあったのかもしれません。


若い彼は一度は年齢差に戸惑い、別れるものの戻ってきて、段々と私の家に入り浸るようになり、一時期は同棲状態の時期もありました。


そんな彼の特徴は異様に嫉妬深い。
後々周りから聞いた感想は「オタク丸出し」
だったそうですが。。。
確かに彼は出会った頃はパーカーにジーパンにスニーカーにリュックかネルシャツにジーパンにスニーカーにリュック
だったし、アニメも好きだったし、ボカロも好きなようでしたけども。。。
私はあんまりそこいらへん「オタクだからどうこう」というよりも、話して楽しいか
とか 一緒に食事して同じものが美味しいと感じるか でしかほとんど判断しないので、当時は全く気にしていませんでした。


自己否定感が強すぎた私は「こんなに太っている私を好きになってくれるなんて、なんていい人なんだろう」と思ってしまったのですね。


彼の嫉妬深い行動は携帯や私のパソコンを勝手に覗くのは当たり前。
(パスコードロックをすると怒って暴れるため、かけられなかった)


私と飲食店に行くと、既婚者以外の男性の店員さんと会話をすると怒る。


1人で出かけると、必ず現地で友達と会っている時間に電話をかけてきて、周りの声を聞かせる。(声の中に男性が混じっていないか)


夜に1分おきにメールを送ってきて、反応が遅れると電話してくる。


電話をしても反応がなく、鬼電しても連絡が取れないときは昼夜を問わず家に来る。


ちょっと会話した飲み友達に対してあらぬ疑惑をかけ、家で暴れまくる。
(下着を全部切り裂かれ、家具を壊す)


などがありました。


それでも、ある程度は目をつぶっていた私は、
今になって思うと、自己暗示半分、彼からの洗脳半分だったんだろうと思います。


自己暗示は最初に付き合うことになってから、私が自分に対する自信がなさすぎたために、こんな自分でも好きになってくれる人はそういないだろうから、多少のことは目をつぶろう。
という考えに勝手になっていたこと。
彼からの洗脳は
「こんなに年下で、健康な男性が貴方のような太っていて、自立のできないメンヘラを好きになってくれるなんて俺ぐらいしかいないからな」と事あるごとに言われていたからかもしれません。
いつしか、彼の束縛が彼の言うように「愛情表現なんだ」と自分でも刷り込んでいたように思います。


しまいには、女友達にも嫉妬するようになったり、仕事から帰ってきたら、真っ暗な部屋の中から、全裸の彼がサプライズと称して飛び出てきたこともありました。


別れると言って部屋を飛び出してからしばらくして、部屋の片隅で鳴っている返したはずの携帯電話(2人の専用電話として当時PHSを持っていた)
が、クローゼット奥から出てきたりしたこともありました。


結局、五年に渡る交際の末、やっぱり私は彼の束縛についていけない。。。となって別れてから、普通の生活を送るようになったら、段々と自分の頭の中の「こうしなければならない」という自己暗示と洗脳が解けていって、初めて「自分は洗脳状態にあったんだ」と理解したのでした。


その後何人かとお付き合いしたものの、やはりだめんずが多かったのですが、総合して考えると、「あの人の為に」という感情で動くのは実際には自分のために行っていることが多く、「何かをしてあげた」という自己犠牲の感情に自分が浸っている状況のままでは、恋愛は上手くいかないという事をやっと学ぶことができました。


もちろん、「あの人の為に」という感情だけなら問題はそこまでないと思います。
問題は「こんなにしてあげたのにどうして?」という感情だろうと思います。


結局の所その感情は相手が何かをしてくれたことそのものに感謝をしておらず、自分がしてあげたことに対する「見返り」として受け取ってしまっているからです。


なので、極端な話をすると、いつまでたっても相手が何をしてくれたのかに対しての御礼をせずに、「私はこんな「してあげたのに」といつも被害者意識の塊になってしまっているということです。


それでは、本当の意味での「相手の為」ではないからです。
自分がしてあげた事で相手が喜んでいる。
その顔を見て嬉しいと感じる。
そこまでであれば特にそこまで問題はないと思います。
もちろんその行為をやりすぎると、相手も「やってもらう」事が当然になってしまって、感謝しなくなってしまうので、立派なだめんずが育ってしまいますが。。。


自分のした事に対して相手が感謝してくれる。
というのは、自分も相手がしてくれた事に常に感謝の気持ちを伝える事が大切だと思います。


多分、束縛の激しい彼と私はお互いに
「自分がこんなにしてあげてるのに」
とお互いの気持ちを押し付けあっていて、肝心の相手がしてくれた事に対してお互いに感謝をせずに、自分を見てもらうことだけに集中してしまっていて、本当の意味で相手のことを愛していなかったのだと思います。


そんな状況で、お互いに相手から思ったような反応が返ってこなかったので、私はどんどん卑屈になり、彼はどんどん束縛が激しくなったんだと、今は思えます。


そんな状況にならないためには何が必要なのか?


それは、ある程度の自分への自信と、相手への100%の依存ではなく、「相手がいなくても生きてはいける。でも居てくれると人生はもっと楽しい」くらいの自立心を、持って生きるていくことではないでしょうか?


そして、相手と一緒に過ごす時間は時に緩く、時に気合を入れて、心から楽しむ事が大切なのではないかと、今は実感しています。