あんこ と おはぎ

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【私なりのヒモ論】

先日、20歳なりたて位の男子二人組が同じ飲食店の隣の席で「あー!!

ヒモになりてぇなぁ!!」と言うのを聞いて「そんな事思うんだ!こんなに若くから。。」と驚いた私です(笑)
どうやら、彼らは学生さんで、親の仕送りを貰いつつアルバイトをして学生生活を満喫している様子。
片方の男子に限ってはバイトばかりしていて、あんまり学校に通ってすらいない様子でした。


「ヒモ」というと、交際している女性が働いて、彼の生活費全てをまかない、二人で生活して行くのを自ら選んでいる男性。
の事を一般的には呼びますが、過去にだメンズばかりと付き合ってきて、大体の男性を「ヒモ体質」にしてしまった私なりに今その状態から脱したから故の気づきた事があります。


「ヒモ」になりたがる男性に多いのが「自分の現在の生活や人間としての質を下げずにただ単に働かなくても良いように女性に養ってもらう事」と捉えがちですが、それが出来るのは江戸時代のトップの花魁のように、知性や、一般常識や、品格の良さなどを身につけている男性であれば、質の良い女性が面倒を見てくれるという事例は存在すると思います。


ただ、一般的に「ヒモ」を育ててしまう女子は、どちらかといえば品格などにこだわりがなく「この人私がいなくちゃダメなヒトだわ」と思い込み、無意識に彼に対して見返りを求めながらも健気に彼の為に働く女性が多いという事実。そういう女性に養ってもらう「ヒモ」の男性は、女性の質や品格のみならず、自分自身の品格や質も落としているという事に気付かない事です。
気づかないばかりか「俺モテるし」位の勘違いをし、男性が女性に頼れば頼るほど自分の質を下げていることに気づきません。


要はそれなりの男性にはそれなりの女性しか寄ってこない


という事です。勿論逆も然りで、それなりの女性には、それなりの男性しか寄ってきません。


そんな20歳ソコソコの若い男子が闇雲に「ヒモ」になれれば、楽な生活できるのにー!!という願望を語っているのを横で聞いていて、クスリと笑ってしまった私でした。


私も昔は自分の承認欲求をみたしてもらうためだけに、ヒモ体質の男性とお付き合いをしては別れ、また、そういう男性を見つけては付き合い。。を繰り返していました。自分を認めてもらうだけの欲望の恋愛はどちらにしてもあまり良い形は生まれてきません。
歪んだ愛になってしまったり、片方が冷めても、片方が依存してしまって中々別れられなかったり。。


自分の周りに居てくれる友人や恋人などはその時々でその人達との関係性の密度が変わることがよくあると思います。
私は、彼らを「その時々の、自分を映し出す鏡のような存在」と思うようにして、付き合って行くうちに、自分にとって必要な人、そうではない人(例えば利用するだけの目的で近づいてくる人など)を段々と見分けられるようになり、結果的に自分自身の質の底上げをした結果、今までにない私にしては上質な男性とお付き合いする事が出来ているという事実でした。


「ヒモ」は一見とても楽そうに見える生き方ですが、女性に依存して生きて行くため、彼女たちにいかに嫌われないかに焦点を当てて常に気を配り、彼女たちの機嫌を取り、彼女たちにいかにご奉仕するか。
そして、他のヒモになりたい男性といかに違っていて秀でた場所を彼女たちにアピールし続けるか。
にかかっている生活ともいえます。


なので、男性の欲望のままに生きる為のヒモ関係は大体がすぐに破綻し、また次の女性を探す。。ということの繰り返しの、生活。
それは、若い頃はなんとかなっても、歳を重ねる月日の中で、ちゃんと人間としての厚みを持たないままに歳を取った薄っぺらい男性は年老いた時に、残念ながら誰からも相手にされないでホームレスなどになる他無くなるでしょう。


ヒモとは、恐らく自分の人間としての品格を決定づける、楽なようでいて、厳しい生き方だという事を、今の若い男性達に知ってもらうとともに、そんなだめんずばかりを好きになってしまう女性の方々は、ご自身の品格の底上げをしてみると、また違った世界が目の前に広がるかもしれません。