あんこ と おはぎ

雑学的なことや日常の悲喜こもごもなど

宝物を手に入れた後は

 

人間は、何かしらの目標を持って生きていく事が大半ですが、その「手に入れたい物や人や状況や環境」を手に入れた後の事に関しては、あまりフォーカスされない様に感じる私です。

 

ありがちな表現は、アニメや漫画などで、物凄い権力を手にした者がその権力を永遠に自分の物にしておきたくて、不老長寿の方法を必死に探したり、悪の化身のようになって、誰彼構わず不老長寿の為に人殺しをする。。など。

あまり「良い者」の様に描かれないのが一般的な作品の一つなのかな?と言うのが私個人の感想です。

 

今、私はとてつもなく大切な宝物を手に入れることが出来ました。

本当にありがたく、なんと自分は恵まれているのだろう。。と感謝する日々です。

 

それは、掛け替えのない大切な友人達との縁でした。

そして、その友人達への双方の信頼。

 

肉親とは残念ながら信頼関係を結ぶ事の出来なかった私にとっては、友人達との繋がりや、信頼関係は何ものにも代え難く、一般的な友人の枠をはみ出てしまってはいるかもしれませんが、共依存などの病的なものでもなく、一定の距離感を保った大切な、大切な宝物の様なものです。

 

その、宝物を手に入れた私は、その後その宝物を失う事が一番怖い事となりました。

 

昔の様に「嫌われたくない願望」や、「承認欲求」から来る何でも都合よく言うことを聞く人間ではなく、時に怒ったり喧嘩したり、叱ったり窘めたり。。

ある程度、お互いの奥深くまで見せ合ってぶつかり合ったとしても、縁としての繋がりを、決して断絶させたくないのです。

 

勿論、相手をやり込めたり、頭ごなしに否定したり、自分の鬱憤を晴らす為に怒り散らしたり。。そういう行動をした場合は別だとは思いますが、何にせよ、先ず相手が私に対してそういう行動をとった場合に「相手に何らかの異常な事が起こっている、もしくは、体調が著しく悪くて見境がなくなっているのではないか?」と相手の体調面や、余裕がなくなっている原因を考え、嫌いになる云々はその後相手の状況の理由次第でゆっくり決められるくらいの、信頼関係は築けている自信があります。

 

その、自分が手に入れた二度と失いたくない宝物を、今後も断絶する事なく、縁を繋いでいく事自体はそう難しくは無いはずです。

 

私自身が人間的な成長を怠らず、そして、自分自身の出来ること、出来ないこと、相手のとの距離感を誤ることなく、その時々で調節し、節度を持った友人としてのお付き合いが出来ていれば、何も問題はないと思います。(あくまでも、現時点では)

 

が、私自身が自分の行動により、相手を著しく傷つけてしまったり、重い気持ちを押し付けてしまったりすれば、失いかねない「宝物」でもあります。

(失ってしまう事を想像しただけでどこにいても、直ぐに号泣してしまうくらいに大切です(笑))

 

失ってしまう可能性があるのは、相手を信頼していないからではなく、自分の力や行動に責任を持って、把握した上で動いているか?

が一番に大切だと私は思います。

 

自分にとっては重すぎて背負えないのに、嫌われたくがない為に安請け合いしてしまう。

とか、頼まれた事柄や、一緒に過ごす時間の為に無理をして体調を崩してしまったり、裏で辛い思いをしていたり。。という事がある場合には、それは既に快適な友人関係ではなく、若干の病的な友人関係となってしまっているからですし、先ず、今私が大切にしたい友人達は、そもそも私が無理をする事自体を望んでいません。

 

なによりも「相手の期待に応えたくて無理をしてしまいがち」な私自身の性格が一番の問題なのだと、今は思っています。

 

それは一見「相手のためを思ってしている無理」の様に見えて実は「自分の欲求を満たす為のワガママ」以外の何者でもないからです。

誰かを大切にして、その人との関係をなるべく続けていきたいのであれば、先ず自分自身を大切にして、無理をしない事。

 

その上で意見がぶつかり合えば、ちゃんと向き合って話をする事。

 

宝物を大切に、大切に、自分の手元に存在させ続けるのであれば、先ず自分自身を大切にする事。

 

宝物を手に入れた後の答えは実にシンプルでした。

 

この文章を読んでくださっている方が、どの様な宝物を手に入れていらっしゃるのか?

まだ、探している途中なのか?

それとも「何が」自分にとって宝物なのか?すらまだ分からない方もいらっしゃるかもしれませんが、どちらにしても、いつかその人なりの宝物を手に入れ、その後の人生もご自身らしい幸せな日々を送れる事を願っております。