気付いたのは「きみ」が
この世に居なくなった2年後の事だった。
あの頃の僕はいつも「きみ」に
「きみはただここにすわっていて。
僕が見張っていてあげるから」
と、言ってまるで自分が勇者か何かに
でもなったかの様に、得意げに。
そして、少し偉そうに、毎日を過ごしていた。
ある時世界中に流行病が舞い降りて人々を襲い猛威を振るった。
僕が見張っていた世界はあっという間に崩れ落ちた。
そして、僕が見張っていた筈の大切な「きみ」はその流行病でこの世を去った。
「きみ」が居なくなった世界に生きて
2年が経った今。
世界中を襲っていたあの流行病は嘘の様に消えて、まるで最初から流行病などなかったように世界は日常を取り戻している。
その取り戻した日常の中に「きみ」だけ
が、居ない。
とても不自然に「きみ」だけが居ない
世界。
その世界に生きてみて、やっと気付いた。
2年前のあの頃。
僕は、きみを守っているつもりで居たけれど、本当は僕の重た過ぎる愛を受け止めていてくれた「きみ」に僕が1番守られて、愛されていたことに。
僕に役目を与えてくれる事によって
僕は「きみ」に生かされていた事を。
きっと「きみ」は僕なんて居なくても
ちゃんと生きていける人だったのに「きみ」は僕に生きていく為の仕事を与えてくれていたんだね。
僕は人を真っ直ぐに愛する事が大好きな
人間だから。
時にその真っ直ぐな愛は相手を傷つけてしまう事も分からずに。
ただ、がむしゃらに、全力で、真っ直ぐに好きになった人を愛する。
パッと聞けばとても良い事に聞こえるけど、真っ直ぐな愛は時に人を。
1番大切にしたいと思っている相手を
傷つけてしまう鋭利な刃物になってしまう事を、僕は「きみ」を失ってやっと
気付ける事が出来たんだ。
あの頃「きみ」が座っていた椅子も
「きみ」を守る時に履いていたスリッパもあの頃のまま。
ただ、椅子に座っていた筈の「きみ」が帰ってくるのを今か今かと待っているかの様に、あの頃のままに残ってる。
僕がこのスリッパを履いて、振り向けば
「きみ」がいつもの温かい微笑みを。
あの、見ると安心する穏やかな微笑みを
いつもの様に僕に向けてくれると思わずには居られない位にあの頃のまま。
「きみ」は、今。
僕の知らない世界で、何を思い
何を感じているのだろう。
多分、空から僕を見て
きっと、あのいつもの微笑みを
僕に向けてくれているのだろう。
僕は、やっと僕の正体に気付ける事ができて、これからどう生きていくのだろう。
「きみ」が教えてくれた事を忘れない様に僕は、この椅子もスリッパもこのままに、生まれて初めてこの場所から一歩踏み出す。
きっとこの先どこに行っても、誰と居ても、空から「きみ」が微笑んでいてくれる事を感じながら。
僕の正体を見失わない様に。
そして、もう二度と「重過ぎる愛」という名の狂気で人を傷つけてしまわない様に。
いつか「きみ」と再会できた時には
僕も「きみ」に温かい微笑みを
嫋やかな微笑みを「きみ」が安心できる微笑みをたたえられる僕になって居たい。
だから、僕はもう行くね。
「きみ」が守って居てくれたこの世界から踏み出して、僕の世界をちゃんと造る為に。
これからも、この先も「きみ」は空
から、僕を見張るのではなく見守って居て。
勇者でも何者でもない本当の僕になれた時。
その時にまた僕は「きみ」に出会う。