あんこ と おはぎ

雑学的なことや日常の悲喜こもごもなど

NO MUSIC NO LIFE

【米津玄師さんと宇多田ヒカルさん】【私個人の思想と感想】

私は昔から音楽が好きです。
幼い頃から色んなジャンルを聴いていたものの、そのアーティストさんは「凄い人が出てきたな」という感想のお二人について書きたいと思います。


宇多田ヒカルさんは、言わずもがな時代を彩っていた小室哲哉氏が彼女が出てきた当時に引退を考えた程の人物で、声も、歌唱力もそして僅か10代の彼女が全て考えたとは思えない程に達観した歌詞と楽曲。
ビジュアルもとてもお綺麗で私は一瞬にして虜になりました。


そして、数年前から耳にするようになったと思ったら今や神と崇められる程にまでになった米津玄師さん。
彼の歌を始めて拝聴した時に「こんなにも、自分が思っていた事を具現化できてしかも、作詞も作曲も出来るのかー!!」と衝撃を受けた事を覚えています。


宇多田ヒカルさんは、私が20歳なりたてくらいにデビューなさって、米津玄師さんは私が発病してある程度落ち着いてからデビューなさってました。


お二人の作品には独特の世界があります。
お二人共に(ここからは、私の勝手な感想が多分に含まれる)とても辛い思いや、苦しい思いをしたり、もしくは本人がそうだと感じてなくても、心の何処かで感じようとせずにでも静かに傷つきながら育ち、その闇を抱えながら生きている。という事。


お二人の違いは多分音楽を作る年齢に達した時のその苦しみの位置が彼らの中で何処にあったのか??
そこに違いが出て来るんだろうなぁ。
と、今現在メンタルのメンテナンスがある程度落ち着き、今は共存して生きていけるレベルになった私だから見える世界がありました。


宇多田ヒカルさんはいわば「哲学」の域にご自身の苦しさや悲しみを持っていき、音楽を作る際にその部分を開いて作っているんだろうなぁ。
そこに、彼女の楽曲としての才能が加わってJ-POPと呼ばれるジャンルよりかはソウル&ブルースのジャンルにカテゴリー分けされているのかもしれない。。(音楽のサイトやアプリだと、たまにその様なジャンルに入れられている事を度々目にする)


米津玄師さんの場合は、ある程度の彼の中での悲しみや苦しみの昇華の上で音楽を作る過程に辿り着いてはいるものの、まだまだ、生々しい傷跡なので、歌詞がとてつもなくリアルで、人によっては「脳みそ揺すぶられた」感覚になったり、その楽曲をなんの気なしに聴いて自分の感情とは関係なしに涙が出てきてしまう人もいるのかもしれないなぁ。。


という、感想でした。


で、何が言いたいのかというと、今現在、米津玄師さんが中高生に大人気なんだとか。
勿論それはいい事だと思うし、別に何ら変な事でもない。


ただ、なんていうか、私の主治医もよく口にするけれども「現代の若い人達は昔に比べて病みやすい環境が整い過ぎている」という懸念。
誰だって、大なり小なり悩みや苦しみや闇は勿論人間として抱えていて、それが当たり前なのだけど、多分、米津玄師さんに共感する中高生が山のようにいるということは、メンタルを病んだ人達に近い心の闇を抱えながら生きてる中高生がめちゃくちゃ多いということなんだと思う。


別に、昔からメンタルの病を抱えていた人は山程いるわけでおかしい事ではないのかもしれない。
ただ、これだけ「生まれてきちゃってごめんなさい」的なメッセージ性の強い歌が好まれるっていうのは、今の中高生が多分、相当生き辛い日常環境なんだろうなぁ。。と思うのです。


別に昔が良かったとか、そういうわけではなくて、スマホだって、ネットだって十分に役立っているし、今や必需品って人も多いと思う。
多分、中高生が至りやすいのは「スマホを活用しているつもりで、それらに操られてしまいがち」な所が年齢的な事や、本人の性格や、成長度合いで強まるんだろうな。。
という事。
楽しんでいるつもりで使っているSNSが実はストレス源になってたり。。
「だったら使わなきゃいーじゃん」なんだけど、それが中々生活の場面で出来なくなってたり、使わなければ人の輪に入れなかったり、勿論、別に1人が好きって人ならいいと思うし、気にしなければ良いのだろうけど、多分苦しんでいるのは、中間層の誰にでも人当たりよくて一見なんの問題も無さそうな子。
が、親にも誰にも言えないで苦しんでるのかもなー。
という、私一個人の勝手な考えですけど、だからこそ、今のこのタイミングで米津玄師さんがデビューなさって、沢山の人に支持されるんではなかろうか?
と勝手に思ってしまうのです。
米津さんの音楽は曲もとても素晴らしくて、独特のリズム感とか、音楽的世界のセンスも今までにない感じの音を創り出す方なので、ただ、単に音楽として好きって人も沢山いると思うし、流行ってるから好きって、中高生も沢山存在すると思う。
何より、彼の曲を聴いて自分の感情を具現化してくれてそれでストレスが軽減されている人も沢山いるだろうし。。


どちらにしても、私が一個人としてこの2人のアーティストは多分生涯忘れることのない、大きな存在を示すアーティストな事に変わりはない。
お二人がそれぞれの位置でそれぞれの思想や、溢れ出した想いを色んなメロディーに乗せて綺麗な音楽を奏でるのをまだまだ、楽しんでいきたいと思う、今日この頃です。